舞台裏を演出し、顧客を魅せる：ゴッフマン的視点が生む新しいビジネス

2025.05.18
コラム

20世紀を代表する社会学者、アーヴィング・ゴッフマン。彼の提唱した「ドラマトゥルギー」という視点は、日常生活における人々の相互行為を演劇の舞台になぞらえて捉えるものでした。私たちは皆、社会という舞台で役割を演じ、他者に特定の印象を与えようと意識的・無意識的に振る舞っています。

この一見すると社会学的な視点が、実は新しいビジネスの発想に驚くほどのヒントを与えてくれるのです。顧客との接点を「舞台」、提供する商品やサービスを「パフォーマンス」、そして従業員を「役者」と捉えることで、顧客体験を劇的に向上させ、競合との差別化を図る新しいビジネスモデルが生まれる可能性があります。

本稿では、ゴッフマンの考え方をビジネスの現場に応用し、成功を収めている事例を３つ紹介しながら、その可能性を探ります。

１．舞台裏を「見せる」戦略：ブルーボトルコーヒーの透明性

高品質なコーヒー体験を提供するブルーボトルコーヒーは、「透明性」を重要な価値観の一つとしています。彼らは、コーヒー豆の産地や焙煎方法、抽出プロセスなどを積極的に公開し、顧客に「舞台裏」を見せることで信頼感と共感を醸成しています。

ゴッフマンの視点から見ると、従来の多くの飲食店が「厨房」という舞台裏を隠し、完成された「料理」というパフォーマンスのみを見せていたのに対し、ブルーボトルコーヒーはあえて舞台裏を公開することで、顧客との間に深いエンゲージメントを築いていると言えます。

ゴッフマン的解釈:

舞台裏の公開: 通常隠される情報を開示することで、顧客は製品やサービスに対する理解を深め、信頼感を高めます。
職人の演技: バリスタが丁寧にコーヒーを淹れる様子は、単なる作業ではなく、品質へのこだわりを示す「パフォーマンス」として顧客に伝わります。
役割距離の排除: スタッフと顧客の間に壁を作らず、フラットなコミュニケーションを促すことで、親近感を生み出します。

ブルーボトルコーヒーの成功は、舞台裏を隠すのではなく、むしろ積極的に見せることで、顧客の期待を超える体験を提供できることを示唆しています。

２．役割を「演じきる」戦略：ザ・リッツ・カールトンのパーソナライズされたサービス

世界的に有名な高級ホテルチェーン、ザ・リッツ・カールトンは、卓越した顧客サービスで知られています。彼らの従業員は、顧客一人ひとりのニーズを細やかに把握し、まるで専属のコンシェルジュのように、きめ細やかな対応を「演じきり」ます。

ゴッフマンの言う「役割演技」の観点から見ると、リッツ・カールトンの従業員は、単なるホテルスタッフという役割を超え、顧客にとって最高の滞在体験を提供する「演出家」としての役割を担っていると言えるでしょう。

ゴッフマン的解釈:

役割取得の徹底: 全ての従業員が、顧客満足を最優先とするという明確な役割を理解し、体現しています。
印象管理の高度化: 言葉遣い、立ち振る舞い、表情など、あらゆる面で顧客に安心感と特別感を与えるよう徹底的に訓練されています。
舞台装置の活用: 高級感のある内装やアメニティ、細やかな気配りといった「舞台装置」が、従業員の「演技」を効果的に引き立てます。

ザ・リッツ・カールトンの成功は、従業員一人ひとりがプロフェッショナルな「役者」として、顧客の期待を超える「パフォーマンス」を提供することで、顧客ロイヤルティを高められることを示しています。

３．「裏舞台」をエンターテイメント化する戦略：株式会社面白法人カヤックのユニークな社風

ユニークなアイデアと斬新なサービスで知られる株式会社面白法人カヤックは、その社名からも分かるように、「面白さ」を追求する企業文化を前面に打ち出しています。彼らのオフィス環境や制度、社員の自由な発想を尊重する姿勢は、従来の企業のイメージとは一線を画しており、一種の「裏舞台」をエンターテイメントとして公開していると言えるでしょう。

ゴッフマンの視点で見ると、カヤックは、通常は企業内部の「裏舞台」である社風や働き方を積極的に外部に発信することで、優秀な人材の獲得や企業ブランディングに成功していると考えられます。

ゴッフマン的解釈:

裏舞台の公開と演出: 自由な発想を奨励するオフィス環境やユニークな制度は、単なる福利厚生ではなく、「面白い会社」というイメージを演出する要素となっています。
役割の多様性: 社員一人ひとりが、与えられた役割に縛られず、自身の個性や強みを活かした多様な「演技」をすることが奨励されています。
観客の巻き込み: SNSなどを通じて、社内の日常やユニークな取り組みを発信することで、潜在的な顧客や求職者を「観客」として巻き込んでいます。

面白法人カヤックの成功は、企業文化という「裏舞台」を魅力的に演出し、公開することで、共感や興味を引きつけ、ビジネスの成長に繋げられることを示唆しています。