ローソンが仕掛ける「車中泊サービス」は、単なる駐車場活用にとどまらない未来への布石か?
- 2025.07.07
- コラム

コンビニエンスストアのローソンが、その広大な駐車場を活用した「車中泊サービス」を開始したというニュースは、多くの人の関心を集めています。一見すると、単なる駐車スペースの貸し出しに思えるこの取り組みですが、その裏にはローソンが描く新たなビジネス戦略と、既存資産の有効活用という視点が見え隠れします。
今回は、このローソンの「車中泊サービス」について、その可能性と課題、そして会計的な視点からその狙いを深掘りしつつ、他の企業がどのように既存資産を有効活用しているのか、その事例も交えてご紹介したいと思います。
ローソン「車中泊サービス」の衝撃と潜在能力
「コンビニで車中泊?」――最初にこの話を聞いた時、そう思った方もいるかもしれません。しかし、現在の旅行形態の多様化、アウトドアブーム、そして手軽さを求めるニーズの高まりを考えると、このサービスはまさに時代の流れに乗ったものと言えるでしょう。
ポジティブな側面:なぜローソンは今、車中泊なのか?
新たな顧客層の獲得と取り込み)
ホテルや旅館では味わえない自由気ままな旅を求める車中泊愛好家。
道の駅の混雑を避け、安心して休める場所を探している長距離ドライバー。
コストを抑えて旅行を楽しみたいファミリー層や若者。
これらの層は、これまでコンビニの主要顧客層とは異なっていたかもしれません。車中泊サービスを通じて、新たな顧客接点を作り出すことで、ローソンはビジネスチャンスを拡大しようとしています。
既存資産(駐車場)の有効活用)
全国に広がるローソンの店舗ネットワークと、それに付随する広大な駐車場。これはローソンにとって、まさに「眠れる資産」でした。新たな設備投資を最小限に抑えつつ、この既存資産から新たな収益を生み出そうという戦略は、非常に合理的です。
特に、郊外店舗や幹線道路沿いの店舗では、夜間の駐車場利用率が低い時間帯があります。そこに新たな価値と収益をもたらすことは、資産効率の向上に直結します。
本業とのシナジー効果)
車中泊の利用者は、当然ながら店舗で飲食物、日用品、雑誌、そして温かいお弁当などを購入するでしょう。トイレ利用やWi-Fi利用のついでに、思わず手に取ってしまう商品も多いはずです。
単に駐車料金を得るだけでなく、サービス利用者の店舗への立ち寄り頻度と購買単価の向上こそが、ローソンが最も期待する部分だと考えられます。特に、夜間や早朝といった時間帯の店舗売上を底上げする効果は大きいでしょう。
災害時における社会貢献の可能性)
大規模災害時には、一時的な避難場所や給水・物資提供拠点としての機能が期待されるコンビニエンスストア。駐車場での車中泊サービスは、いざという時の地域の防災拠点としての役割を強化する可能性も秘めています。これは企業の社会的責任(CSR)の観点からも評価できます。
懸念される側面:乗り越えるべき壁
一方で、この革新的なサービスには、クリアすべき課題も存在します。
騒音・治安問題と近隣住民への配慮
利用者の深夜の出入りやアイドリング音などによる騒音トラブルは避けたいところです。また、防犯面での対策も重要となります。周辺住民との良好な関係を維持するためにも、利用ルールの徹底と管理体制の強化が不可欠です。
衛生面・ゴミ問題
ゴミの放置や、トイレの利用頻度増加による清掃負担増など、衛生面での課題は常に付きまといます。適切なゴミの分別や回収、トイレの清掃体制の強化が求められます。
利用者間のトラブル・マナー違反
不特定多数の利用者が集まる場所であるため、利用者同士のトラブルやマナー違反も起こりえます。万が一の事態に備えた迅速な対応体制が必要です。
収益性と費用対効果
後述しますが、サービス自体の収益性はもちろんのこと、駐車場管理や清掃にかかる人件費、光熱費、初期投資の回収などを総合的に考慮し、事業として持続可能であるかを見極める必要があります。
会計から読み解くローソンの「勝算」
では、この「車中泊サービス」を会計の視点から分析してみましょう。ローソンがどこに「勝算」を見出しているのか、その狙いが見えてきます。
1. 低い初期投資(CAPEX)
ローソンの強みは、既に全国に駐車場というインフラを保有している点です。新たな土地を購入したり、大規模な建物を建設したりする必要がありません。
初期投資は、せいぜい区画線の引き直し、電源設備や防犯カメラの設置、予約システムの導入程度で済みます。これにより、投資回収期間(Payback Period)を短く設定できる可能性が高まります。
既存店舗の駐車場を活用するため、土地の賃料や建物の減価償却費といった大規模な固定費は新たに発生しません(もちろん、既存店舗の費用の一部として計上されていますが、新規事業としての追加コストは小さい)。
2. 本業を潤す運営費用(OPEX)とシナジー効果
駐車場管理や清掃にかかる人件費は発生しますが、既存の店舗スタッフが兼務したり、巡回を効率化したりすることで、ある程度抑制が可能です。
このサービスの最も重要な会計的側面は、車中泊サービス利用料そのものよりも、それに伴う店舗内での購買増加にあります。
例えば、1組の車中泊利用者が1泊2500円の利用料を支払うとして、もしその家族が夕食、朝食、飲み物、お菓子などを店内で2000円購入すれば、ローソン全体の売上は4500円になります。コンビニは一般的に粗利率が高いビジネスモデルですから、この「ついで買い」による粗利の積み重ねが、車中泊サービス単体では見えにくい収益を大きく押し上げる要因となります。
つまり、車中泊サービスは単独で大きな利益を上げることを目指すというよりは、既存店舗の売上と利益を最大化するための「集客装置」としての役割が期待されているのです。
3. 機会費用とリスク管理
駐車場スペースを車中泊に提供することで、通常の来店客の駐車スペースが減るという機会費用も考慮すべきですが、夜間など利用率の低い時間帯であれば、その機会損失は限定的です。
万一のトラブル発生時の対応コストや、ブランドイメージの毀損リスクも潜在的な費用として認識し、適切な保険加入やマニュアル整備で備えることが重要になります。
会計的に見れば、ローソンは低リスク・低コストで始められる新たな集客・収益化モデルとして、この車中泊サービスを位置づけていると考えられます。本業であるコンビニ事業への相乗効果を最大化できるかどうかが、この取り組みの成否を分ける鍵となるでしょう。
既存資産を有効活用した他の事例
ローソンと同様に、多くの企業が既存の資産やリソースを新たな形で活用し、収益化を図っています。いくつか事例を見てみましょう。
1. 東日本旅客鉄道(JR東日本):駅ナカ・駅ビル、遊休地の活用
活用資産
鉄道駅の構内、駅周辺の土地、高架下のスペース。
事例)
駅ナカ商業施設「ecute(エキュート)」や「アトレ」などの駅ビル開発
鉄道利用客という確実な顧客の流れがある場所で、物販や飲食施設を展開し、大きな収益源としています。
高架下利用
レストラン街やホテル、保育園、オフィスなど、多岐にわたる施設を開発し、これまで活用されていなかった空間を収益化しています。
遊休地でのマンション開発やホテル誘致
駅周辺の利便性の高い土地を活用し、不動産事業を展開しています。
ポイント)
「点」(駅)と「線」(線路)でつながる広大な資産と、そこを行き交う膨大な人流を最大限に生かし、鉄道事業以外の収益の柱を確立しています。
2. ヤマト運輸:物流ネットワーク・車両の活用
活用資産
全国を網羅する物流拠点(営業所)、配送車両、配送ノウハウ。
事例)
「宅急便」以外の配送サービス
企業間物流、美術品輸送、クール便など、多様なニーズに対応したサービスを展開。
EC事業者向けフルフィルメントサービス
商品の保管から梱包、発送、さらには在庫管理までを一貫して代行するサービスを提供。自社の倉庫や配送ネットワークを、他社のビジネスを支援する形で活用しています。
地域貢献としての配送サービス
高齢者向け買い物代行や、地域の特産品配送など、社会的なニーズに応える形での活用も進んでいます。
ポイント)
長年培ってきた物流インフラとノウハウを、他社の課題解決や新たな市場ニーズに対応する形で展開し、高付加価値化を図っています。
3. 日本コカ・コーラ:自動販売機の活用
活用資産
全国津々浦々に設置された膨大な数の自動販売機。
事例)
防災対応型自動販売機
災害時に無料で飲料を提供できるよう、手回し発電機などを備えた自動販売機を設置。企業の社会的責任(CSR)を果たすとともに、設置場所の安全性と信頼性を高めています。
「Coke ON」アプリ連携
アプリと連携することで、ポイント付与やキャンペーン展開、利用者の購買データ収集を行い、新たな顧客体験とマーケティングに活用しています。
他社商品販売
自社飲料だけでなく、他社の食品や日用品を販売するマルチベンダー機も登場しています。
ポイント)
単に飲料を売るだけでなく、情報発信や災害支援、データ収集といった多角的な機能を付加し、自動販売機の価値を最大化しています。
まとめ:未来のコンビニの姿
これらの事例を見ると、ローソンの「車中泊サービス」は、既存資産を再定義し、新たな価値を生み出そうとする現代企業の共通した戦略の一端であることがわかります。
コンビニエンスストアは、もはや単に商品を販売する場所ではありません。インフラとして、地域社会のハブとして、そして多様なライフスタイルに対応するサービス提供拠点として、その役割を拡大し続けています。
ローソンの車中泊サービスは、その進化の最前線に位置する取り組みであり、今後の展開から目が離せません。このサービスが成功すれば、他のコンビニエンスストアチェーンや、さらにはガソリンスタンド、スーパーマーケットなど、広大な駐車場を持つ他の業態にも同様の動きが広がる可能性を秘めているでしょう。
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