なぜ自販機の飲み物は「高い」のか? 会計の視点から見えてくる意外なコスト構造
- 2025.06.25
- コラム

最近、メディアで「自販機の商品価格が200円を超えるかも」というニュースが話題になっています。
駅のホームやオフィス、街角で手軽に飲み物が買える自販機。一見すると、人件費も家賃もかからない分、店舗よりも安く提供できそうなのに、実際はその逆。なぜ自販機の商品は店舗より高いのでしょうか?
この疑問を解消するために、今回は会計の視点から、自販機の裏側に隠されたコスト構造を徹底解説します。単なる商品の原価だけでなく、目に見えない「見えないコスト」が、私たちの払う200円に上乗せされているのです。
損益計算書から見る自販機の利益構造
まず、企業活動の成績表である損益計算書(P/L)の観点から自販機のビジネスを見てみましょう。
一般的な小売業のP/Lは、売上高から売上原価を引いて売上総利益を計算し、そこから販売費及び一般管理費(販管費)を差し引いて営業利益を算出します。
自販機の場合も基本は同じですが、その費用の内訳が独特です。
1. 売上原価:商品の仕入れ値
これは比較的シンプルです。メーカーから仕入れる飲料や食品の価格がこれにあたります。店舗で大量に仕入れる場合に比べ、自販機オペレーターは特定のメーカーや卸業者から購入するため、仕入れ価格に大きな差がないこともありますが、輸送ロットの小ささなどから、店舗より割高になるケースもあります。
2. 販売費及び一般管理費(販管費):膨れ上がる「見えないコスト」
自販機の価格が高くなる最大の要因は、この販管費にあります。店舗でかかる人件費や家賃が「直接的」に見えるコストなのに対し、自販機では「間接的」なコストが積み重なります。
① 設置場所の賃料(場所代): 「立地プレミアム」への対価
自販機は、駅の構内、オフィスビル内、病院、観光地など、まさに「一等地」に設置されることが多いです。これらの場所は、通行量が圧倒的に多く、顧客が「今すぐ欲しい」と感じたときに、すぐに購入できるという「利便性」を提供します。
会計的には、この場所代は「賃借料」として販管費に計上されます。店舗の家賃と同じですが、その性質が異なります。店舗の家賃が「店舗を構えるための固定費」であるのに対し、自販機の場所代は「極めて限定的な販売機会と高い利便性を提供するためのコスト」であり、非常に高額になる傾向があります。都市部の一等地であれば、月々数万円から数十万円という賃料が発生することも珍しくありません。この高額な賃料を、限られた販売本数で回収しなければならないため、一本あたりの負担が大きくなるのです。
② 電気代:24時間稼働の「エネルギーコスト」
自販機は、商品を冷やしたり温めたりするために24時間365日稼働しています。これは、電力会社への「水道光熱費」として計上されます。特に夏場の冷却や冬場の加温には、想像以上の電力が必要です。
店舗であれば、営業時間外は照明や一部の空調をオフにすることで電気代を節約できますが、自販機はそれができません。常に一定の電力を消費し続けるため、一台あたりの電気代は月数千円から1万円を超えることもあります。この費用も、当然ながら商品価格に転嫁されます。
③ 商品の補充・管理費用:物流と人件費の複合コスト
無人である自販機ですが、商品が魔法のように補充されるわけではありません。自販機オペレーターが定期的に巡回し、商品の補充、売上金の回収、空き容器の回収、清掃などを行います。これには、車両の燃料費やメンテナンス費用(「車両費」)、そして巡回スタッフの人件費(「給与手当」)がかかります。
特に、全国に点在する無数の自販機を効率的に巡回するためには、綿密な配送ルート計画と多くの人員が必要となります。遠隔地の自販機への補充は、移動距離が長くなるため、一本あたりの輸送コストがさらに跳ね上がります。これは会計的には「運搬費」や「人件費」として販管費に計上されます。
④ 自販機本体の償却費・保守費用:固定資産の維持コスト
自販機本体は高額な設備投資です。一台数百万円する機械もあり、これを購入した場合、会計上は「減価償却費」として数年かけて費用計上されます。また、リースやレンタル契約であれば「賃借料」として費用が発生します。
さらに、機械である以上、故障はつきものです。定期的な点検や修理、部品交換などの「修繕費」も発生します。屋外に設置されているものは、風雨や直射日光、いたずらなどによる劣化も激しく、その維持には多大なコストがかかります。これらの費用も、商品価格に反映されることになります。
経営戦略と限界利益:高価格の「理由」
自販機ビジネスは、上記で述べたように固定費や間接費が高い構造になっています。そのため、一本あたりの利益率を確保しなければ、採算が合いません。
これを会計でいう「限界利益」の考え方で見てみましょう。
限界利益とは、売上高から変動費(商品の仕入れ値など、売上に比例して変動する費用)を引いたものです。この限界利益が、電気代や賃料、人件費といった固定費を上回って初めて利益が出ます。
自販機の場合、一台あたりの売上本数には物理的な限界があります。特定の場所で1日に売れる本数には限りがあるため、その限られた本数の中で、高額な固定費を回収し、さらに利益を出すためには、一本あたりの「限界利益」を高く設定する必要があるのです。つまり、商品単価を高く設定することで、販売本数が少なくても固定費を吸収できる構造にしているわけです。
まとめ:私たちは「利便性」を買っている
自販機の商品価格が高いのは、決して運営会社がぼったくっているわけではありません。
- 高額な場所代(賃借料)
- 24時間稼働の電気代(水道光熱費)
- 巡回・補充にかかる人件費や輸送費(販管費全般)
- 本体の減価償却費やメンテナンス費用(減価償却費、修繕費)
これらの「見えないコスト」が会計上、積み重なり、商品一本あたりの価格に転嫁されているのです。
私たちが自販機で200円を払うとき、私たちは単に飲み物を買っているのではなく、その「いつでも、どこでも、すぐに手に入る」という極めて高い利便性とサービス、そしてその場所の「プレミアム」に対価を支払っていると考えることができます。
店舗が「安さ」と「品揃え」で勝負するのに対し、自販機は「利便性」と「即時性」という付加価値で勝負しているのです。ニュースで価格高騰が取り沙汰されていますが、このコスト構造を理解すれば、その理由が納得できるのではないでしょうか。
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