運営者プロフィール

                 「新しいビジネスモデルの発想とヒント」運営管理者
                               「儲けのしくみ」著者
   フィナンシャル・ノート代表 酒井 威津善(さかい いつよし) 


1.TIS株式会社

1)組み込みファームウェア型企画

東証一部上場企業のTIS株式会社に10年間在籍していました。いまやシステムインテグレーターとしては国内5本の指に入りますが、当時はまだ「東洋情報システム」と名乗っていた頃。銀行色も強く、体育会系のノリが強かった時代でした。

最初の3年間は大阪本社、次の5年間は東京本社にて法人向けのシステム開発営業に従事しました。いずれも担当は新規開拓。1年目は本当に苦労しました。なにせ、システムは目に見えず、人件費がほとんどを占める代物です。そのまま売り込んでもまず受注できません。

こうした特有の事情を打開するために、2年目から取り組んだことが2つ。

1つは、システム開発を全面に出さない
システムをそのまま単体で売り込んでも難しい。だったら、裏方にしてしまおうと。自動車などで使われる“組み込み型ファームウェアをモチーフにして、企画を作り、これだと思う企業に持ち込みました。

2つめが、優秀なエンジニアとのリレーション。
当時、社内にはエンジニア(SE)が2,000人ほどいました。業界にいた方ならよくご存知だと思います。プロジェクトはエンジニアの腕がすべて。誰が優秀なのか、ひたすら聞き込みをしました。

比べてはいけないのは重々承知していますが、「美味しい飲食店」と似ています。つまり、どれだけたくさんの人に聞いても必ず「カブる人」が出てくるのです。職歴の長い管理職の人を中心に、「優秀だと思うエンジニアを3人教えてください」と聞いて回ると、見事に同じ名前が挙がりました。そして、そのうちの2人とリレーションを築きました。最後の一人は、とうとうお目にかかることすらできませんでした。

その人は、まるでツチノコのように社内で見た人がいないというレベル。ピーク時の中森明菜さんのごとく(例えが古くてすみません)に忙しく、常に3年先まで埋まっているという超・凄腕の持ち主。素直にあきらめました。(この方はその後独立し、ITの世界ではかなりの有名人になっています)

さて、コンセプトは固まりました。

「持ち込み企画+優秀なエンジニア」

この組み合わせを使って、企画したのが次のようなものです。現在のビジネスモデルに関する知見はこのときに培われたのだと思います。

  1)クラウド印刷
 国内最大手の印刷会社が持つ巨大印刷機能と、データセンターのサーバー連携
 させた今でいう「クラウド型」のサブスクリプション型印刷サービス。
(もちろん、当時はそんな言葉ありませんでしたから、「定額」としていまし
 た。)

  2)損害保険新商品
 国土交通省の外郭団体、大手損保会社及び大手トラックメーカーとアライアン
 スを組み、トラックドライバー向け「脳疲労感知システム」とそれに連動した
 自動車新保険商品開発。導入企業には、保険料を下げるという代物。

  3)FC本部向け分割回収型システム開発
 フランチャイズ(FC)本部を新たに立ち上げた企業向けに、店舗展開に応じ
 た「分割課金型」のシステム開発提案(開発費用をFC店舗・事業所の展開時
 に、店舗システムの開発費用+分割した本部システム開発費用を請求。少し前
 のスマホの料金プランみたいなものです)。6社受注し、うち4社がその後東
 証へ上場を果たしました。

こうした企画持ち込みスタイルのおかげで、事実上「競合不在状態」(今でいうブルー・オーシャンですね)を創ることができ、毎年、5億円前後設定されていた予算もなんなく達成。東阪それぞれでTOPに立てたほか、社長賞も受賞することができました。(こんな風に書くと、よほどスゴイ営業だったのか、それを自慢したいのかと思われるかもしれませんが、違います。自分がやったのは企画書の持ち込みだけ。提案先も外部の人に散々頼って紹介してもらいました。すべて、力を貸して下さった超優秀なエンジニアの方々や外部の方々のおかげです)

2)プロジェクト管理(管理会計)

こうして営業で順調に成績をあげられるようになったころ、ふと、「このままでいいのだろうか」との想いが頭をよぎりました。FC本部向けのシステム提案を通じて、「株式上場」というものに興味を持ち始めていたのです。

とはいえ、いきなりすぐに飛びこむことはできません。そこで、一旦方向転換を図りました。上席者からの留意を振りほどいて管理本部への異動願いを出し、エンジニアが200名を超える大規模プロジェクトにて「管理会計」に携わったのです。都合、2年。いい勉強になりました。財務会計は、簿記試験を通じて自力で知識を蓄えることができますが、管理会計はやはり実践が不可欠だろうとの考えは間違っていませんでした。

2.株式上場準備&財務の世界へ

管理会計の知見をもとに、知人の紹介を経て、当時まだ黎明期だった「不動産の証券化」をメイン事業とするベンチャー企業へと転職しました。管理本部長兼株式上場準備室長という破格の役職に就き、物件の取得及びそれにまつわる直接・間接金融と、主幹事証券との打ち合わせ、株式上場にまつわるガバナンス構築などに従事していました。

今だから笑って話せますが、なかなかの地獄でした。毎日深夜2時頃タクシーで帰宅し、朝もタクシーで出社。生意気なヤツだなと思われるかもしれませんが、正直、最寄り駅まで行く力も残っていなかったのです。

結果、上場を前に見事に身体を壊しました。体重も20キロダウン、スーツも1サイズ落ちました。古い友人からは、「頭上に死兆星が輝いているぞ」とまで言われる始末でした。

3.セミオーダー型住宅販売ベンチャー

もう少し負担を減らそう、そう思って門を叩いたのが、社歴7年目の住宅販売企業。業務を株式上場準備に絞って転職したのですが、思わぬ出来事に巻き込まれ、これまで以上の大変な状況を経験することになりました。

入社して1年経った頃でしょうか。建築基準法の大幅改正に伴い、右肩あがりだった業績に急ブレーキがかかったのです。今やすっかり一般的になった「リ・スケジュール」、つまり返済猶予の交渉をせざるを得ない事態に陥りました。(余談ですが、借り入れが大きいこと自体は経営手法上不適切ではありません。銀行負債を上場資金で一括返済するのは、よくあることです)借入額は40億近く。銀行は7行。正直、最初はどうすればいいのか、途方にくれました。

意を決して、文字通り背水の陣で取り組んだことは3つ。

1)銀行との相対交渉
2)事業売却と拠点の統廃合
3)新規ビジネスの立ち上げ

なにはともあれ「止血」です。とにかく1行1行話をしていくしかない。地道に銀行を回って粘り強く説明をした結果、

 ・国内初(当時)のシンジケート・ローン(銀行団による協調融資)のリスケ
 ・返済猶予中にも関わらず、“真水(プロパー融資)”で5千万円の追加融資

といったことが実現できました。(この経験を通じて、「どの銀行がどんな行風なのか」が、よくわかりました)

続いて、「コスト削減」。
2つの施策を実施しました。

1)総資産の圧縮
拠点確保や販売用に、自社物件として多くの土地を所有していました。一覧を作成し、稼働前のものを中心に、任意売却と銀行支援の2通りで4割を売却しました。さらに本業の住宅販売とは別に行っていた事業を取引先に売却。これによって、「非共通コスト」の削減を図りました。

2)コスト集約
総資産の圧縮と同時並行で、「コスト集約」を進めました。共通化できないコストを多く抱えている場合、コストをできる限り集めることで同じような機能を持つことができます。この住宅メーカーでは次の2点を立案、実行しました。

 ①ドミナントシフト
  広告宣伝、人件費による売上効率を分析して、全国に拡大している拠点を関
  東圏に集約。結果、売上は約35%程度落ちましたが、広告費、人件費など
  を27%以上削減。各拠点に併設されていた住宅展示場もロードサイドにあ
  るショッピングセンターへ隣接させるとともに、来場者が一度に見られるよ
  うに全モデルパターンの展開し、販管費の大幅な圧縮を図るとともに、販売
  機会の向上を図りました。

 ②ビジネスモデルのアレンジ
 A.既存顧客へのリフォーム提案
  創業から12年、既存顧客は300名超。販売から5年を超えた顧客を中心
  に、「不」の解消ではなくライフスタイルの変化(家族が増えた、子供が大
  きくなったなど)を前提課題として、住宅の見直し提案に着手しました。

 B.新規顧客獲得施策
  朝10時から夕方6時までしか使われていなかった展示場で、有料での1泊
  2日の居住体験ツアーを実施し、購入を検討している家族向けに実際に泊ま
  ってもらうことで、口コミ狙いと契約の促進を図りました。(非展示時間帯
  の資産回転率向上)

こうした施策の結果、月次返済額を10分の1に減らすことができ、固定費を中心に30%以上のコスト削減が実現。結果、年間で約3,700万円のフリーキャッシュを生み出すまでもっていくことができました。

この間約10ヶ月。一通り終えたところで、転職しました。銀行からはかなり引き止めをされましたが(こういうと、なんだか私が優秀なように聞こえますが、これも違います。銀行にとって、単に内情に詳しい窓口がいなくなることで、その後の処理に負担が増えるからです)、振りほどいて、転職しました。

4.ファブレスメーカー

40前だったことと、もう少し他業種を見ておきたいとの思いから、最後にもう1度だけ転職しておこうと思いました。エージェントを通じて紹介されたのは、遊技機、いわゆるパチスロ機器メーカー。株式上場担当ではなく、財務専任を選びました。

入社してすぐ、大きな驚きがありました。財務構造がシステム開発業にとても似ているのです。つまり、資金投下から回収までの期間(いわゆるCCC)が1年から1年半もの時間を要する構造だったのです。

そうした背景の中、もっぱら資金調達に従事しました。間接金融、つまり銀行借り入れのほか、匿名組合、私募債による直接金融の実施と運用、公認会計士立会による監査や社債の償還手続きや、組合用の決算書の作成などをマネジメントしながら、気がつくと調達した金額は20億を超えていました。

ところが、3年ほど経過したころ、住宅メーカーのときと同じような事態に陥りました。ニュースなどでも取り上げられていたとおり、出玉規制、つまり保通協での適合試験が厳しくなったのです。(今はさらに出玉規制が厳しくなり、最大5万円。お客さんは当然離れます)市場も大きく縮小し、地方を中心にパチンコホールがどんどん倒産していきました。

このあとは、さきほどの住宅メーカーのときと同じ。リスケです。しかし、残念ながら体力が続かず、破産。そのまま逃げてはちょっともったいないと思い、無給でしたが、管財人の弁護士の先生の指示のもと破産処理を手伝いました。かなりよい経験になったと思います。

5.独立

そして、2015年。いよいよ自分でビジネスを始めることにしました。
営業−財務」、「株式上場−倒産という両極端かつ、システム、不動産、メーカーなど業界を横断的に経験してきて、もう十分だと思ったからです。(これ以外に並行して会社員の身分で財務コンサルを3社ほどやっていました)

最初に行ったのが「コーポレート・ファイナンス」。
数字が苦手な方はたくさんいらっしゃいます。そんな方のお手伝いができればなと思い、いくつかの企業で財務的なサポートからスタートしました。
(財務は、クラウドサービスなどの登場で多少とっつきにくさは減りましたが、まだまだ特有の近づきがたさがあります。個人的にも“肌感覚”でわかるようになるまで10年かかりました)

 ・美容室チェーン
 ・運送業
 ・ドローン開発企業
 ・航空部品開発企業
 ・建設会社
 ・求人広告企業
 ・人材開発企業

といった年商で数億から40億円程度までの企業のサポートをしました。このとき力点をおいたのが、FCF(フリーキャッシュ・フロー)。国際会計基準が一般的になってきた今でも、まだまだ「利益」で判断される方がたくさんいます。もちろん、それはそれで間違いではありませんが、できればFCFを指標値に据えてほしいとの一心でした。

ある程度社歴を重ねた企業の場合、ほぼもれなくコスト削減は十分されています。かかわらせて頂いた企業のいずれでも、例外はありませんでした。ですので、もっぱらお手伝いしていたのは、2つ。

  1)業務フローの見直し
  2)売上目標からキャッシュベース(FCF)目標へ切り替え

です。とくに業務フローの見直しは、効果がありました。
業務フローは、「一通り洗い出すだけ」でも大きな効果が見込めます。

社歴が長くなってくると、少々面倒でも「いままでこれでやってきたから」という慣習化で大変なまま運用している業務が多々あります。製造現場であれば至極当然のことが、オフィス系では意外と実現されていなかったりします。

6.財務からビジネスモデルへ

こうして財務的な支援を続ける中、TIS時代に奔走した「ビジネスモデル」のことが頭にチラチラとよぎりはじめていました。独立して2年くらいたったころでしょうか。

「財務って、しょせん解決策にはならないなぁ」

実は、財務責任者の職にあったときから常々思っていました。
専門でやってらっしゃる方々、ごめんなさい。でも、どう考えても財務手法って限界があると思うのです。ビジネスがうまくいくのかどうかは、営業がスゴイからでも人事がスゴイからもない。

その企業の「ビジネスモデル」が優れているからです。

アマゾン創業者のジェフ・ペゾスさんが創業時に書いたポンチ絵をみたとき、確信しました。ご覧になったことがある方もいると思います。どうやってビジネスとして回るのか、その「しくみ」が書かれています。

「うわー、やっぱりな」

と思いました。アマゾン自身は、創業から黒字化するまでにかなり時間を要していますが、今の姿があるのが、やはりそのビジネスモデルが見事だったからに他なりません。ユニクロもスターバックスもそうです。成功している企業には「例外なく」優れたビジネスモデルがあるこれを創ることこそ本当の解決策だ、そう確信したのです。

7.書籍出版とビジネスモデル分析

新しいビジネスモデルを創る支援をしよう、そう決めました。
まず着手したのが2つ。1つは書籍の出版、もう1つがビジネスモデルの分析です。

本を出す。出したいからといって出せるほど世の中そんなに甘くありません。いまとなってはいい思い出ですが、当時、立て続けに5つの出版社からお断りをされたのはかなり、キツイ経験でした。

そんな中、企画書を見て採用してくださったのが、高田馬場にある自由国民社さん。記念すべき1冊目となった「儲けのしくみ」は、今では4万部を超え、拾ってくださったご恩になんとか報いることができたかなと思っています。

その後、2018年11月に2冊目、そして、現在は3冊目を執筆中で、4冊目の企画が進行中というありがたい環境にまでつながることができました。

書籍と同時並行で取り組んできたのが、ビジネスモデルの分析です。
2つのことを念頭にして分析を進めてきました。

1つは、非大企業
もう1つは、ビジネスモデルの再現性です。

「儲けのしくみ」のコンセプトでもありますが、そもそもビジネスモデルの事例って、大企業のケースばかりです。でも、ネームバリューと潤沢な資金でいくらでも勝負ができる企業よりも、中身で勝負しなければならない企業や個人にこそ、優れたビジネスモデルが必要ではないのか、長年のベンチャー経験からそう思っているからです。

そして、ビジネスモデルの再現性

どうすれば、儲かるビジネスモデルが創れるのか

この最重要な情報がどこを探しても見つかりません。
もっぱら、事例やケース、パターンばかり。それらに意味がないということではありません。

しかし、いかんせん「再現性」が乏しい。ビジネスは理論的、つまり科学的でなければ意味がありません。それは数学的であって欲しいのです。こうすれば、こう応用すれば、違う分野やテーマでも利益を出せるはずだ、という確信につながる根拠が欲しいのです。

ネームバリューではなく、中身で勝負する必要のある企業や個人向けに「ビジネスモデルのつくり方」を提供しよう。単にアイデアベースで終わるのではなく、そこへ10年以上に渡ってさまざまなベンチャー企業で経験したファイナンスの視点を取り入れ、より精度の高いものを作れるようにしよう、そう決め、現在に至ります。