日本人の思考を支配する「見えない力」の正体:山本七平『「空気」の研究』を読む

日本人の思考を支配する「見えない力」の正体:山本七平『「空気」の研究』を読む

私たちは日々、様々な集団の中で生きています。家庭、学校、職場、地域社会、そして国家。その中で、時に「なぜこんな判断が下されるのだろう?」と首を傾げたくなるような決定や、あるいは「誰もが同じ方向を向いている」かのような、奇妙な一体感を覚えることはないでしょうか。

そのような時、私たちの思考を、そして行動を、知らず知らずのうちに支配している「見えない力」の存在を、あなたは感じたことがありますか?

本日ご紹介するのは、その「見えない力」の正体を鋭く抉り出した、山本七平著『「空気」の研究』(文藝春秋)です。1977年に刊行されて以来、半世紀近くの時を超えて読み継がれ、今なお私たちの社会を読み解く上で不可欠な「日本人論」の金字塔として君臨する本書の魅力に迫ります。

「空気」とは何か? 絶対的な権威を持つ「妖怪」の正体

本書の核心にあるのは、ずばり「空気」という概念です。山本七平は、この「空気」を、単なる雰囲気やムードといった漠然としたものではなく、日本社会における意思決定の根底を支配する「まことに大きな絶対権を持った妖怪である。一種の『超能力』かも知れない」とまで表現し、その強大な影響力を強調します。

私たちは通常、物事を判断する際に、客観的な事実や論理、つまり「論理的判断の基準」に依拠すると考えがちです。しかし、山本七平は、日本社会にはそれとは別に「空気的判断の基準」が存在し、多くの場合、この「空気」が論理を凌駕し、最終的な結論を導き出すのだと喝破します。

例えば、戦艦大和の特攻出撃を巡る判断を例に、山本七平は「空気」の恐ろしさを浮き彫りにします。

「当時この作戦を非とする人間はなかった。いや、その論理的な非は多くの者が理解していたにも拘らず、それにも拘らず、この作戦は実行された。」

ここで示されるのは、「論理的な非」を理解していながらも、それに抗しがたい「空気」によって、あたかも自明の理であるかのように決定が下されてしまう状況です。この「空気」こそが、時に客観性や合理性を麻痺させ、集団を危険な方向へと導く魔物となるのです。

「空気」の成立メカニズム:「意味論的な絶対化」と「臨在感的把握」

では、なぜこの「空気」はこれほどまでに強大な力を持つのでしょうか。山本七平は、「空気」が成立するメカニズムを深く分析し、その背景にある日本人の思考様式を解き明かします。

一つは、「意味論的な絶対化」という概念です。 「本来対立概念によって始めて意味を得る筈のものが、その対立概念が消滅すると、その概念が絶対化されてしまう」

彼は、例えば「忠君愛国」といった言葉が、その対立概念(例えば「反君」「反国」など)が否定されることによって、あたかも絶対的な真理であるかのように認識され、そこに疑問を挟む余地がなくなってしまう状況を指摘します。これにより、ある種の「思考停止」状態が生まれ、その概念を疑うこと自体が許されない「空気」が醸成されていくのです。

もう一つ重要なのが、「臨在感的把握」という概念です。 「何か抽象的な、あるいは超経験的な存在を、あたかもその場に『臨在』しているかのように直感的に把握し、しかもそれに対して何らかの絶対的な権威を認めてしまう」

これは、目に見えない、触れることもできない抽象的な概念や価値(例えば「国家の威信」「日本の精神」など)を、あたかも目の前に実体として存在し、しかもそれが絶対的な権威を持つかのように感じ取ってしまう心の動きを指します。そして、この「臨在感」が、集団の中で共有されることで、強固な「空気」が形成されると考えられます。

山本七平は、こうした「空気」の発生源が、日本の歴史や文化、特に「神」や「仏」といった、具体的な姿を持たないがゆえに絶対化されやすい概念に深く根差していることを示唆しています。

「水を差す」勇気:空気に対抗する唯一の武器

では、この強大な「空気」の支配から逃れる術はないのでしょうか?
山本七平は、そのための唯一の武器として「水を差す」ことの重要性を説きます。

「水を差す」と聞くと、一般的には場の雰囲気を壊す、邪魔をする、といったネガティブなニュアンスで捉えられがちです。しかし、山本七平が提唱する「水を差す」とは、そのような単純な行為ではありません。

「『水を差す』とは、集団が熱狂し、思考停止に陥った際に、敢えて客観的な事実や論理、あるいは別の視点を持ち込み、思考の冷却を促す行為である。」

これは、文字通り熱せられた「空気」に、冷静な思考という「水」を浴びせかけることで、一度立ち止まり、冷静に物事を再評価するきっかけを与える行為なのです。

例えば、全員が「これでいくしかない!」と盛り上がっている会議で、「本当にそうでしょうか? この点についてはどうお考えですか?」と、誰もが触れたがらなかった疑問を投げかける。あるいは、一方向に傾きかけた議論に対し、異なるデータや事例を提示する。これらの行為こそが、「水を差す」ことに他なりません。

もちろん、この「水を差す」行為は、時に孤立や反発を招く可能性があります。しかし、山本七平は、集団が健全な意思決定を行うためには、この「水を差す」勇気を持った個人の存在が不可欠であると訴えます。

現代社会に響く警鐘

『「空気」の研究』が刊行されてから半世紀近くが経ちました。しかし、本書で分析された「空気」のメカニズムは、残念ながら現代社会においても健在であると言わざるを得ません。

インターネットやSNSの普及により、情報伝達は飛躍的に加速し、特定の意見や感情が瞬く間に拡散され、強固な「空気」を形成してしまうことが多々あります。いわゆる「同調圧力」や「忖度」、あるいは「炎上」といった現象の背景にも、本書が分析した「空気」の存在を見出すことができるでしょう。

私たちは、日々流れてくる情報や、周囲の意見に安易に流されることなく、本当に自分自身で考え、判断する力を培わなければなりません。そのためには、山本七平が示した「空気」の存在を意識し、それに無批判に同調しない「水を差す」勇気を持ち続けることが重要です。

本書は、単なる過去の分析書ではありません。私たち日本人一人ひとりが、より健全で、より自律的な思考を育むための、そして集団がより建設的な意思決定を行うための、極めて実践的な指南書なのです。

「『空気』を知ることは、すなわち『自己を知る』ことでもある。」

山本七平のこの言葉は、私たちに静かに、しかし力強く語りかけてきます。この機会にぜひ、『「空気」の研究』を手に取り、あなた自身の「空気」との向き合い方について、深く考えてみてはいかがでしょうか。きっと、あなたの世界観を揺さぶり、新たな視点を与えてくれることでしょう。