「声かけ不要」アイテムが定着しない理由とは

「声かけ不要」アイテムが定着しない理由とは

 

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先日、ファッションブランドのURBAN RESEARCHが「声かけ不要」の合図となるショッピングバッグを試験導入すると話題になった。TwitterやYahoo意識調査などでの評判は上々のようだ。

■以前からあった同様の取組み

今から5年前、2012年に化粧品メーカーのCLINIQUEが渋谷ヒカリエで実施したリストバンドだ。色は白、ピンク、黄色の3種類で、白は「早く買い物を済ませたい」、ピンクは「自分で自由に試して楽しんでいます」そして、黄色が「時間があるので接客してください」というメッセージになっている。

そのさらにその5年前、2007年には百貨店の高島屋が岐阜と東京・立川で導入されたS.E.Eカード(シーカード)なるものもあった。See(見る)、そしてSilent(静かな)、Easy(ゆったりとした)、Each(それぞれ)を組み合わせた造語で、このカードを首から下げていれば、「ゆっくり買い物をしたいので話しかけないで」という意思表示になるものだ。

しかし、以降、同様の取組みが他社でも展開された、一般的な手法として定着してきたというニュースを耳にすることはなく、また多数の店舗で目にすることもない。賛同する声も多く、ゆっくりと買い物をしたいという顧客心理を汲み取っているにもかかわらず、なぜ一般化しないのだろうか。

■声かけには重要な役割がある

「何かお探しですか?」「試着できますよ」「よろしければサイズお出ししましょうか?」こういった声かけ。ゆっくりと商品を見たいとき、買い物を邪魔されているようで鬱陶しい、もしくはただふらりと立ち寄っただけなのに、何か買わないといけないのではないかというある種の強迫感のようなものを覚えるのは確かだ。

会社から言われているので、研修やマニュアルでそう指示されているので、特に何の疑問も持たず習慣的に行っている店員もいるだろう。ときに、それはロボット的な印象を与え、繰り返されると嫌な気分を引き起こす。消費者側の立場としてはなんとかして欲しいと感じるのは正直なところだ。しかし、この動作には2つの役割が与えられており、店舗運営側としては外せない業務フローの1パーツであることは、当該業務の経験者を除いてあまり知られていない。

機能の1つめは、客の認識だ。店舗に入ってきた来店客に対して、直接、個別に声をかけることは、実は「あなたのことを見ていますよ」という暗黙のコミュニケーション、来店客へのサインの役割を持っている。

その程度の目的であれば、それこそ不要なのではないか?との指摘があるかもしれない。しかし、認識されていないと客側が感じた場合、クレームに至るケースが実際にあるのだ。特に、高いサービスレベルを要求される百貨店などでは、声を掛けられなかったと客相(きゃくそう)、いわゆるお客様相談室へメールなどでクレームが入ることは少なくない。

無論、来店時に「いらっしゃいませ」という声は出す。しかし、この言葉は特定のだれかに向けたものではないときが多い。ルーティーン化しており、習慣的に、機械的にやっていることは客側も無意識のうちに理解している。だからこそ、本当にこちらを見ているのかどうかが不安になり、個別の声かけを求めるのである。

2つめの機能は、「万引きの抑止」だ。人間は誰かに見られていると、行動が抑制されやすい。人の目が気になるという言葉どおりだ。こうした人間心理を活かしたのが声かけだ。こうした意図を、来店客=「万引き犯」の目で見ているのかと思われるかもしれない。しかし、そこには経営基盤を揺るがしかねないほどの被害実態があり、やむを得ない手段となっている背景がある。

■巨大な被害額

特定非営利活動法人 全国万引犯罪防止機構が発表する「全国小売業万引被害実態調査分析被害報告書」によると、調査対象305社の合計で被害総額は2億円を超える(平成27年度)。なかでも突出するのが百貨店である。39社で約8,500万円/年、1社あたり約210万円/年に上る。

1年で210万円と聞くと、それほどではないように感じるかもしれない。実際、市場規模は年々縮小しているとはいえ、いまだ百貨店全体の売上規模は6兆円以上もある。とはいえ、これに対して、わずか210万円かとはならない。万引被害は実棚(実地棚卸)の際、商品ロスにカウントされ、売上そのものを失うことを意味するからだ。

小売業の性質に漏れず、百貨店の利益率は極めて低い。業界のリーダーである三越伊勢丹ですら、わずか2.1%だ。少々荒い計算になるが、210万円分の売上を取り戻そうとすれば、約1億も新たに稼ぎ出す必要がある。

■防止用システム導入に踏み切れない理由

それほどの被害であれば、レンタルビデオ店のように商品タグと連動する防犯システムを導入すればよいのではと思われるかもしれない。しかし、そこには簡単に導入に踏み切れない3つの理由が立ちはだかる。

1つめは、導入コストだ。全商品に取り付けるタグ、出入口に設置するセンサーなどイニシャル・コストだけでも数千万単位に迫ることが専らだ。店舗面積次第では億単位に上る可能性も消せない。とりわけ百貨店の場合、陳列されたアイテム数と、業態上避けることができない出入口の多さが、コスト増に追い打ちをかける。破損タグのメンテナンス、管理用ソフトのアップデート、スタッフへの研修などランニング・コストものしかかる。

2つめは、システムの特性だ。販売管理や顧客管理などの直接売上につながるシステムと異なり、防犯用システムは売上に貢献しない。個人情報保護のような企業イメージに関わるものでもなく、また広告宣伝費に置き換えることもできない。元々想定されていた売上を維持するだけに過ぎず、かかったコストを取り戻すのりしろがどこにもない。

最後が万引きの手口の巧妙化、悪質化だ。予め下見を行ない、監視カメラの位置とその死角をチェックする、試着室やトイレでハサミやカッターで商品タグを切り取る、荷物で溢れたベビーカーに商品を隠すなど、監視カメラやシステムを無力化してしまうのが実態だ。

■声かけは一石三鳥

声かけの本来の役割はもちろん「接客」である。商品を探している客に対して、アプローチすることである。この機能に限定されるのであれば、もしくは他の手段によって専念できるのであればなんら問題はなく、そのまま声かけ不要のアイテムを代替に据えることが可能だろう。

しかしながら、ここまで述べてきたとおり、特に百貨店などインストアスタイルを取っている小売業では、悪質化する万引きと来店客の認識というベクトルを異にする課題と、多額の費用を要しないという要件を一度に満たす手段として、消去法的ではありつつも、やはり有効なのである。現時点でこうした複雑な課題を一度にカバーする手段が他に見つからない以上、声かけ不要アイテムの定着、一般化は期待に相反して、容易くはないだろう。